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2004年1月15日〜2月22日
From Nagoya




1.序章 「遥かなるインド」

2.喧騒の街「ダッカ」と「ロケットスティーマー」
3.世界遺産「シュンドルボン」と「バゲルハット」
4.世界遺産「バハルプール」、そしてインドへ
5.憧れのインドと美しきダージリン
6.インドバスと聖地ブッタガヤ
7.聖地「バラナシ」
8.エロティック遺跡とムガール帝国の遺跡都市オルチャ
9.タージマハルと最後の街「デリー」






8.エロティック遺跡とムガール帝国の遺跡都市オルチャ

満月のガンガー
満月のガンガー

満月のガンガーに別れを告げた後、23時発バラナシ発サトナー行きの列車に乗るため22時30頃バラナシ駅に着く。夜の駅特有の混沌とした空気が流れている。薄暗い構内に多くの荷物を持って歩くインド人。所狭しと床に寝転ぶインド人。我々外国人はここでは目立つ。
そんなインド人の視線を感じながら出発案内に目をやると、すでに列車は3時間ほど遅れるとの事だった。
やれやれ。多少の遅れは予想していたので、そのまま駅のプラットフォームで待つことにした。こんな時、自然と外国人同士が近くに集まり待つことが多いのだが、例に漏れず同じ列車を待つ韓国人の女の子2人と一緒になった。

3時間後の午前2時過ぎを過ぎても、一向に列車が来る気配はない。吐く息が白くなるほどこの時期の北インドは冷え込む。持ち合わせの服をすべて出しこの寒さを凌ぐ。
4時間、5時間、6時間。7時間を超え、もう疲労と眠気でどうでもよくなってきた午前6時過ぎ、ようやく列車がやってきた。

結局その列車自体もそこからさらに3時間ほど遅れ、次の目的地であるカジュラーホに着いたのは午後10時過ぎだった。。 


途中で一緒になった日本人は、翌日の午前中で観光を終え、そのままの勢いで次の目的地に行ってしまった。
少し話を聞いたが、その後も疾風のようなスケジュールを組んでいるらしい。インドでそれは、、と思いつつ荷物をまとめる彼を見送る。もう一人の一緒になったドイツ人とは夕食の約束をして一旦別れる。




世界遺産にも登録されているカジュラーホの遺跡群は、950年から1050年の100年間にチャンデーラ王国が築いたヒンドゥー寺院都市である。
現存する寺院数は22だが、14世紀のイスラム支配におかれる前は85ほどあったらしい。偶像崇拝を禁止するイスラム教徒によって破壊されてしまったとの事。

マハーテーヴァ寺院 カジュラーホの彫刻 こんなにたくさんある 近所の子供たち
マハーデーヴァ寺院 カジュラーホの彫刻 こんなにたくさんある 近所の子供たち

カジュラーホは「たびねす」でも紹介してます


遺跡自体もなかなかのものだが、何よりカジュラーホ遺跡を有名にしているのが、そのエロティック彫刻である。ミトゥナ像と呼ばれ、男女一対の彫刻が寺院の側面に埋め尽くされているのだ。
今では何の為に彫られたのか分からないが、妖艶なその彫刻に多くの人が魅せられている。


カジュラーホでは色んな人に会った。先の疾風の日本人、ドイツ人のピーター(後日ようやく名前がわかった)、そしてバラナシで一緒に列車待ちをしていた韓国人の女の子2人。特にこの女の子2人は、再会した時は、さり気ないお洒落な服と化粧をしていた為、最初まったく気づかなかった(列車待ちの時はすっぴんだった?)。女は変わるものである。社交的(女好き)なピーターに誘われ、一緒に韓国料理を食べに行ったりした。  

カジュラーホの次の目的地はサーンチという場所である、、、のはずだったが、風邪の為一日カジュラーホ滞在を伸ばすことになった。日程上サーンチ行きは難しくなった。1日休むと風邪もすっかり回復し、くどい夕食も食べられるようになった。夕方、ピーターが食事の誘いに来た。そこでの会話の一言に次のような言葉があった。

「ジュンソウ、オルチャに興味はないか?」


ジャハギーマハル チャトゥブジャ寺院
ジャハーンギール・マハル チャトゥブルジャ寺院

「不思議なことに、今オルチャに泊まっている。」、日記にはそう書かれている。
今回の旅は比較的予定通りに進んでいた。たかだか1ヶ月半程度の行程なので、それほど大きく狂うはずもないのだが、ここオルチャにはいい意味で裏切られた。その遺跡の規模、装飾度、迫力、どれをとってもこの旅一番の遺跡となった。

ここオルチャは16世紀から18世紀にかけて栄えたブンデラ王国の都だった場所。その為、宮殿や寺院、城というよりは要塞と言った方がいい迫力ある建造物が、近くを流れるべトワ川沿いに点在している。見上げるほど高い城壁や複雑な通路、鉄砲を覗かせる穴など、これを作り上げた当時の人々がどれほどすごいのか思い知らされる。


街全体はまだまだこれから発展していくだろう田舎の街だが、建物の雰囲気の為か、「中世ヨーロッパの田舎の街」と言った感が強く、散策もとても楽しい。こんな隠れた名所が普通に存在しているインドの大きさにため息が出る。
 


ラジャマハルに登る
ジャハーンギール・マハル ジャハーンギール・マハルに登る 城内の壁画
少し歩けば遺跡が点在 落書きされた壁画
ブンデラ王国の王室墓園・チャトリ群 落書きされた壁画 ピーターと見知らぬインド人


偶然オルチャで知り合った日本人もここには驚いていた。
そしてピーターも毎日エキサイトしていた。日本語を少し話す彼とはすでにかなり打ち解け合い、部屋がないときは一緒に泊まり、食事も一日一回は必ず一緒にとるようになっていた。
年齢は40歳ぐらいだろうか、とてもひょうきんで見ていて飽きない。皆が集まった際には、漫才師のように機関銃トークをはじめ、インド人などの物まねをしたりして楽しませてくれる。それ
でいて旅には精通しており、そのスタイル、考え、行動などどれをとっても見習いたい点が多かった。彼が紹介してくれた「蜂蜜入りのホットレモン」はインドでの栄養のバランス、そして喉の痛みを抑え、この後もずっと飲み続けることになる。


たくさんの遺跡が残る べトワ川と遺跡の町 オルチャの子供たち


多少治安の悪いオルチャ遺跡だが、1日の予定が3日も滞在することになってしまった素晴らしい場所であった。
ちなみにバラナシ、カジュラーホで一緒になった韓国人の女の子2人とはまたここで出会った。旅するルートは同じである。

明日はいよいよタージマハルのあるアーグラに向けて出発する。



データ
オルチャ: オルチャへのアクセスはこちらをご参考に。夕方以降は治安が悪くなるので、できる限り遠出は控えた方がいい。メイン通り付近で食事などをしよう。






9.タージマハルと最後の街「デリー」へ

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