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2008年10月9日〜11月24日
From Nagoya





1.旅の始まりは海から
2.四川再び。そしてラサ断念
3.カトマンズ滞在
4.エベレスト・トレッキング その1「1杯のミルクティー」
5.エベレスト・トレッキング その2「高山病」
6.エベレスト・トレッキング その3「高山を歩く」
7.エベレスト・トレッキング その4「いざ、カラ・パタールへ」
8.エベレスト・トレッキング その5「帰路、そしてルクラで足止め」
9.文化遺産と自然遺産
10.ポカラから南へ
11.インド、「バラナシとムンバイ」
12.2つの石窟、旅の終わりも海より
13.おまけ「トレッキングについて」






11.インド、「バラナシとムンバイ」

スノウリの国境
スノウリの国境
バラナシまでのバス。結構大型であった。
バラナシまでのバス。結構大型であった。
インドに来るのは4年ぶりだ。
2回目の今回も陸路での国境越え(入国)である。4年前は実に嬉しかったのを覚えているが、今回はひとつの通過点。もちろんこれから向うバラナシも通過点だ。
国境のイミグレーションで手続きを終え、インド側のスノウリへ入る。街の風景もほとんど変わりはない。まだ07:30ぐらいなので店の多くも閉まっている。でも、国境を越えるバックパッカーや、インド人やネパール人など、多くの人で賑わっている。何気ない風景だったせいか、国境を越えた感傷はまったく感じなかった。
バラナシまでのバスは、当日の朝に購入した。350インドルピー(約735円)。ネパール側にたくさんの両替所があったので、昨日のうちに少々インドルピーも手に入れておいた。

出発の08:30までバス近くで時間を潰す。
出発を待っていると「荷物を預けろ」と言われたので、渡そうとすると「100ルピー必要だ」と言われた。荷物を預けるのにお金が掛かるとは納得行かなかったので断り、辺りにいた白人旅行者に尋ねて見る。すると皆「払った」との事だった。トレッキング帰りで荷物が増えてしまい車内には持ち込めそうにもなかったので、渋々100ルピー払って荷物を預けたのだがやはり騙された気分である。その後、同じくバスを待っていた白人と、「初日でこれだからねえ」「これがインドだね」と改めてインド人の商魂の逞しさを話し合った。

バスは意外にも予定時刻通りに出た。客も10人ぐらいと少なく「もうこのバスには誰も乗ってこないから、好きな場所に移動してもいいぞー!」とインド人乗務員が叫ぶ。旅行者達も皆喜んだが、走り出して30分もすると当然のように知らないインド人がたくさん乗り込んできて、皆唖然とした。やはりインドである。


街に差し掛かると大渋滞となる。
街に差し掛かると大渋滞となる。
バスは順調に走る。3時間ほどでゴーラルプルを通過。目的地であるバラナシまでは恐らく200〜300km程度のはずなのだが、それでも所要時間は8〜9時間も掛かると言う。何故それ程時間が掛かるのか不思議であったが、それはバスの乗ってすぐに分かった。

まずひとつは道の悪さ。一応舗装はされているのだが傷みが激しく、未舗装に近いような場所も多い。ガタガタとバスは揺れっぱなしである。
もうひとつは、町や村に差し掛かると人やバイク、車に自転車、牛に犬、ヤギからゴミ等がとにかくごちゃごちゃと現れる。狭い道なのに大型な対向車も多く、それだけでも大変なのにその隙間をバイクや自転車が無理やり通ろうとする。当然、渋滞となる。渋滞で車が停まれば人が横断し始める。これでは前に進まないのも無理はないはずだ。やはりインドである。
明るいうちにバラナシに辿り着ければいいかな、と半ば思うようになっていた。





ところで、先程予定外に荷物代として100ルピーを徴収されたせいで、自分の持ち金(インドルピー)は既に40ルピーしかなくなっていた。バラナシのバス停から市内までのリキシャ代が、恐らく20〜30ルピーは掛かりそうなのでこれを除くと残り10ルピー。でも最初の休憩でバナナを3本(5ルピー、約11円)で買ってしまったので、残りは5ルピー。どうやら今日はこのバナナ3本で過ごさなければならないようだ。何とも寂しいものである。

バスは一応順調に走る。尚、ポカラから南にずっと下りバラナシに辿り着くルートは、古くから旅人の間でも有名なルートで旅行者も多い。今回も何人かの白人パッカーに混じり日本人パッカーも見かけた。3名ほどで1人は女性、もう2人は男性である。
そんな彼らとも少し会話を交わし、既に知り合いになっていた。他の旅人と知り合いになれるのはバスの休憩時間などであるが、15:00過ぎに遅めの昼食をとる為再びバスが停車した。

昼食と言っても残り5ルピーしかないので何か買える訳でもなく、しかも朝買ったバナナも既に2本食べてしまっており、残り1本はこれからの夕食用にとって置かなければならないので食べられない。悲しいがふらふらと周りを歩くだけである。
そこへ先程の日本人女性が現れた。

「何も食べないのですか?」

予想外の質問だったのが、正直に「ルピーが無くなってしまって・・」と話す。すると、

「20ルピー、カンパしますよ」

と言ってくれた。20ルピー(約44円)あればチャパティーのセットぐらいなら食べられると思った。正直むちゃくちゃ欲しかったのだが、30を過ぎてこれから紳士に生きようと思っている矢先に、このような失態を女性にさらす訳にはいかない(もうさらしている気もするが・・)。女性を助ける事はあっても、女性に助けられる事は紳士としてやはり避けなければならない。「バナナがまだ1本ありますから」、と丁重にお断りした。本当は喉から手が出るほど欲しかったのだが、、、仕方がない。

チャイ屋のおやじ(バラナシ)
チャイ屋のおやじ(バラナシ)
更に続く。何もする事がないので、休憩所にある食堂でチャイ(ミルクティー)を器用に入れるじいさんをずっと眺めていた。ずっと見ていたのだが特に嫌がるそぶりも見せず、こちらも見事な手さばきに気持ち良さも感じていた。すると突然、他の客が頼んだチャイのあまりを別のコップに入れ、それを自分に差し出してきた。余りなのでコップの半分ぐらいまでしかないが、どうやら自分に差し出しているようだ。一応「お金がない」と断る。すると、「無料でいい」みたいな事を言っている。
素直に頂いた。
味はあまり覚えていないが、嬉しかった事だけはしっかりと覚えている。お礼にポケットに入っていた日本の飴を手渡した。

インド人は確かに商魂逞しく、よく外国人旅行者を騙す。でもそれは外国人旅行者に触れている一部のインド人であって、それ以外の大多数のインド人は良心的な人が実に多い。これは前回のインド旅行でも感じていたのだが、今回、それもインド初日でそれを改めて感じた。
荷物代と称して100ルピーを徴収したインド人。自分よりも金持ちであろう外国人旅行者に無料でチャイを飲ませてくれたインド人。インドでは普通のインド人と触れ合う旅が、やはり楽しい。

ところで、さっきの女性と言いこのチャイ屋のじいさんと言い、そんなにひもじく見えたのだろうか。。一応紳士のつもりだったのだが。。


17:30を過ぎると、当初の願いもむなしく日も沈み、真っ暗になってしまった。本当に暗い。電気が普及していないのか、ローソクだけの民家がたくさん暗闇に浮かぶ。
途中なぜか花火が上がった。花火?こういうおかしなことが起こるというのはバラナシが近い証拠。そう思っていた19:00過ぎ、ようやく到着した。降ろされた場所が分からなかったので、仕方なくリキシャへ。30ルピー払い、本当にインドルピーが尽きた。
なぜかバラナシは祭りが開催されており、ガンガー付近へ辿り着くだけでも一苦労だった。


懐かしい。
久しぶりのガンガー(ガンジス河)は、何も変わりなかった。ヒンドゥー教の聖地であり、河では朝からたくさんの人が沐浴している。頭から水に浸かる人、洗濯する人、銅の壷みたいなものでガンガーの水を汲み祈りながら周りに流す人、自分の体を洗う人、泣き叫ぶ子供を河に入れる人、など。皆河に入っている時は真剣なのだが、河から上がると笑顔もこぼれる。
バラナシを聖地としているのはやはり「人」なんだな、と思った。多くの人々の真剣な祈りや思いがここを聖地とし、そしてその思いが神聖な雰囲気を作り出している。バラナシは居心地がよい。それはツーリストの為の設備がたくさん整っている為だと思ったが、それ以上に人々の気持ちがこもった場所だからこそ居て特別な気持ちになれるのだろうと思うようになった。


ガンガー
ガンガー
沐浴をする人 バラナシの路地
沐浴をする人 バラナシの路地


宿も前回宿泊した場所に泊まる。3日ぶりのホットシャワーを浴び、随分生き返った。バラナシの気候は、ルンピニやスノウリよりも涼しくて夜もよく眠れる。食事も日本食やら西洋風のものまで様々だ。
今回のバラナシでは何も目的はない。あえて挙げるなら「休息」だろうか。その為バラナシ滞在中は、毎日ガンガーへ行き、散歩をし、近くで本を借りてはお気に入りの茶屋(ガンガーが眺められるレストラン)で本を読む。日本の文庫本もたくさんレンタルでき、まさに休息にはもってこいの場所である。先に紹介した野口健氏の本「落ちこぼれてエベレスト」もここで読んだ本だ。
4年前に飲んだチャイ屋でまたチャイを飲む。先のバスの中で一緒になった日本人と昼食を食べる。バラナシは野良犬も多いので犬と遊ぶ。特にあちらこちらに子犬がいて、見つける度に持っていたクッキーなどをあげてしまう。犬というのは本当に可愛い。バラナシでのんびりとした時間に身を任せる。


子供と子犬 同じ顔した子犬たち
同じ顔した子犬たち
 
肉じゃが風ライスとラッシー
肉じゃが風ライスとラッシー
(しゃん亭/60ルピー)
子供と子犬


数日をバラナシで過ごし、列車でムンバイへ向う事にした。
当初ムンバイかカルカッタか迷っていたのだが、まだ10日ほどの時間があったのでムンバイへ行くことにした。目指すは石窟で有名なエローラとアジャンター。ムンバイまでのチケットはバラナシ駅で購入。前回同様、非常に親切に対応してくれた。

バラナシ駅
バラナシ駅
列車の席は外国人旅行者で集めさせるようで、コンパートメントには4人の白人と日本人2人という構成になった。うち一人は自分で、もう一人は日本人女性のみゆきさんである。優しい子で本やパンなどを分けてもらった(←紳士なのでは・・?)。南米からヨーロッパ、エジプトを抜けインドからタイへ行くとの事らしい。羨ましい。。
尚インドの寝台はシーツなど何もない。寝袋を持っていたのでよかったが、タイや中国の寝台に慣れてしまっていたのでちょっと驚いた。
車窓から見える風景は特に面白くもない。とにかくする事がなく、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。ムンバイに近づくにつれ、異常に暑くなってきた。

翌日の15:00頃、ムンバイに到着する。たった45分遅れの素晴らしい走行であった。
ムンバイは暑い。とにかく暑い。暑すぎる。本当に暑い。駅近くの安宿にチェックインし、温度計で確認して見たら31度もあった。ヒマラヤの−7度も困るが、31度も困る。

その後タイに行く航空券を予約する。11月28日ムンバイ発、翌29日バンコク着のエアインディアだ。13,231ルピー(約2.9万円)で購入。とにかく先にタイに戻る日程を立てなければならなかったので、これで一安心だ。
その後、チャトラパティー・シヴァージー・ターミナス駅(旧名:ヴィクトリアターミナス駅/CTS駅)を見学しに出かけた。


チャトラパティー・シヴァージー・ターミナス駅(旧ヴィクトリアターミナス駅)
チャトラパティー・シヴァージー・ターミナス駅
(旧ヴィクトリアターミナス駅)


おお、予想以上に素晴らしい。
さすが大英国が築き上げた遺産。アジアでこれだけの物が見られるとは幸せである。ヨーロッパだともしかしたら当たり前の風景なのかもしれないが、ここアジアで見られることに大きな意義がある。もちろん歴史的価値も十分だ。

翌朝、エローラ・アジャンター観光の基点となるアウランガーバード行きの列車のチケットを予約してから、バスでインド門へ向う。ちなみにムンバイの市バスはすべてヒンドゥー語表記なので、バスがやって来てもまったく訳が分からない。国際都市ムンバイなんだし、もう少し何とかならんのかな。。

タージマハルホテル
タージマハルホテル
インド門は工事中だった。仕方ないのでタージマハルホテルを見学。インドを代表する高級ホテルだ。確かにデカくて立派だ。周りのホテルとは迫力が違う。幾枚か写真に収めた後、周りの散歩に出かける。しかしこのタージマハルホテルで数日後、世界が注目する事件が起こるとはこの時はまったく思いもしなかった。
インド門周辺にはたくさんのお土産屋やレストランがある。ここらは旅行者の街となっているようだ。自分が泊まっているCTS駅周辺というのは、そういう意味では旅行者向きではないようだ。

ふらふら歩いていると、随分と立派な時計台が目に付いた。そちらに向って歩いて行く。入口付近まで来て門がありどうしようか迷っていると、守衛のおじいさんが手招きしてくれた。よくよく見れば「ムンバイ大学」と書いてある。なるほど、通りで。
それにしても立派な時計台。そして校舎。ムンバイ、特にインド門周辺というのはまさにイギリス、そうヨーロッパの香りが漂っており、ここが本当にアジアなのかと錯覚する事がある。もちろん彫りの深いインド人の顔を見るとすぐにアジアだと思わされるが。

ムンバイの街並みはまるでヨーロッパのよう
ムンバイの街並みはまるでヨーロッパのよう
ムンバイ大学・校舎 ムンバイ大学・時計台
ムンバイ大学・校舎 ムンバイ大学・時計台


夕食はみゆきちゃんとインド門付近に出かける事にした。西洋風のレストランに入り、何週間ぶりかのビールを頼んだ。宗教的な関係でインドなどではあまりアルコール類は好まれない。ツーリスト用のレストランだからこそ、こうしてビールも飲めるのだろう。


翌朝はとある事で貴重な時間を大変費やしてしまった。
実は先日28日にバンコクへ戻る便を予約していたのだが、急な用事で24日に変更しなければならなくなった。今夜の列車でアウランガーバードへ行かなければならないので、急いで旅行代理店に向う。変更をしたい旨を伝えたところ、エアインディアのオフィスへ行けば500ルピーで変更してくれると言う。
そのままタクシーでエアインディアのオフィスに出掛けたのだが、何と「片道航空券ではタイ入国はできない」とのことで変更も拒否されてしまった。よくよく話を聞くと、片道航空券でのタイ入国については、「タイのビザ」か「タイを出国する航空券」を持っていないと入国拒否をされてしまうとの事。と言われてもそんなに時間もない。
何とかエアインディアのボスを呼んで貰い、泣き落としで「タイのビザ」を取得する条件で日にちの変更をしてもらった。ただし、出国までにタイビザを取らなければならない。急いでタイ領事館に向う。ところが、汗だくになって辿り着いたタイ領事館で「片道航空券しか持っていない人にはビザは出せない」と言われてしまった。それより「何故日本人なのにビザを取りに来たのだ?」と逆に聞かれてしまった。理由を説明しても、「ダメだ」の一点張りで埒が明かない。こいつらは半分公務員みたいなもの。さっきのエアインディアの方が話が通じる。
仕方がないので、旅行代理店に行き事情を説明する。担当者の提案でバンコク経由日本行きのチケットを勧められ、他に方法がないので渋々それに変えてもらう事にした。ところが、一度エアインディアでチケットを変更しているので、すぐには変更できない。さらに返金まで入れると「3週間掛かる」とのこと。おいおい!
結局、旅行代理店の人がエアインディアに交渉してくれて、その場で差額分を払い何とか「バンコク経由日本行きのチケット」を手に入れる事ができた。この旅行代理店の人には大変感謝しているのだが、実際あのまま飛行機に乗っていたら登場拒否されたのだろうか。。





すっかり予定が狂ってしまったのだが、今夜の列車に乗る前にどうしてもエレファンタ島に行っておきたかった。時計を見ると13:30、何とか今からでも行けそうだ。
タクシーでインド門まで行き、エレファンタ島行きの船のチケットを買う。14:00発の船に乗ることができたが、まだ結構人が乗っているので十分観光はできそうだ。
真っ茶色の海を走ること1時間、大きな島に着いた。船着場からおもちゃのような機関車が走っていてちょっと驚いたが、Tax(5ルピー)を払いさっさと入場する。お土産屋が並ぶ中、中途半端に長い坂を登りきり、ようやくそれらしきゲートに到着した。

シヴァ神三面上半身像
シヴァ神三面上半身像
エレファンタ島の石窟群は、ほとんどが6〜8世紀に造られたヒンドゥー教のもので、ほぼ全てがシヴァ神像である。ただ、ヒンドゥー教を異教とするポルトガル人に多くを破壊されてしまい、今は幾つかの像しかその姿をとどめていない。ちなみに、エレファンタ島の名前の由来は、最初にこの石窟を発見したポルトガル人が、島にあった象の石像を見たことによるという。

さて、インドの世界遺産の入場料はずっと250ルピーと決まっており、今回もそれを入口で払おうとしたのだが、「ガイドがどうのこうの」と言われて受け取ってもらえなかった。15:00を過ぎ夕方に差し掛かっているので「中で払うのかな?」、と思いつつゲートをくぐると、石窟のある洞窟の入口まで来てしまった。「えっえっ?」と思っているうちに、シヴァの彫刻がたくさん現れてきた。
有名な三面像もあるし、どうみてもここがエレファンタ島のメインのような気がする。。彫刻自体は躍動感があってなかなかの物なのだが、ちょっと破壊が多すぎる。多くの彫刻で頭や体の一部が壊され、見るも無残な姿になっている。非常に残念だ。

それにしてもまだチケットを買っていない。インドで料金を払わずに世界遺産を見学するなんて事は絶対におかしい。後で難癖をつけられるのではないかとだんだん気味が悪くなってきて、近くの警備員に聞いてみると「ここはノーチケットだ。次の洞窟で買え」との事だった。よかった、これで安心して観光が続けられそうだ。

破壊が目立つシヴァ像 世界遺産週間
破壊が目立つシヴァ像 世界遺産週間
ところが次の洞窟へ行くと、ほとんど彫刻らしき物はなく、そしてすぐに終わってしまった。どれだけ探してもチケット売り場も他の石窟もなく、周りのインド人らもすぐに帰ってゆく。狐につままれたかのような思いで出口へ。そのまま出れてしまった。。
あまりにも不可解だったので、近くにいた白人旅行者に聞いて見ると、

「今日から世界遺産週間で、入場料は無料になるんだよ」

と教えてくれた。よく見ると確かにそのような横断幕が掛かっている。まったく知らなかった。どちらにしろ250ルピー浮いた訳だ。


美味しかったチャパティとカレー
美味しかったチャパティとカレー
帰りも船に乗り再びインド門へ。今日は忙しくて走り回り、まともに食事をしていなかったのでお腹もペコペコだ。インド門周辺のレストランに入り周りの人が食べていたチャパティと「Chikin SPL Gravy」なるものを注文する。これが何とも美味しかった。上海を出てからあまり美味しいものに巡り合っていなかったのだが、これはかなり美味い。いつものマサラのカレーなのだが、程よく辛くて食欲をそそる。チャパティもバター付きのものを選んだがこれもカレーに良く合う。美味かった。


CTS駅に戻り、アウランガーバード行きの列車が出るまで待つ。インドでは珍しく定刻通りに出発。偶然同じシートで韓国人の中年旅行グループと一緒になった。何と日本語のできる僧侶がおり、これからブッダの旧跡を訪ねれ旅するらしい。会話も弾み、連れの韓国人おやじから焼酎を貰った。

22:00過ぎ就寝。狭い場所だが何とか寝れそうだ。ただ、昼間色々走り回ったので、早くシャワーが浴びたいと思った。



データ:
スノウリ→バラナシ ・・・ バスチケット。350インドルピー。購入はネパール側のスノウリ。当日の朝でも購入可能。乗車場所は国境を越えてインド側のスノウリとなる。イミグレーションを超えて、100mぐらい先に行った場所にバスが停まっている。
バラナシから駅まで ・・・ リキシャで20ルピー。
バラナシ→ムンバイ ・・・ バラナシ駅で購入。429ルピー。11:30バラナシ出発、翌14:15ムンバイCTS駅到着。2等寝台。
日本行き航空券 ・・・ ムンバイ発バンコク経由、名古屋行きタイ航空チケット。29,939ルピー。ムンバイの旅行代理店で購入。
エレファンタ島船チケット ・・・ インド門周辺で購入。往復120ルピー。所要片道約1時間。
ムンバイ→
アウランガーバード
・・・ CTS外国人チケット売り場(2階)で購入。2等寝台で、価格は178ルピー。両替時に貰うバンクレシートの提示を求められた。








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