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2003年4月26日〜5月3日
From Nagoya




1.芸術の街「ウブド」
2.シーフードの街「ジンバラン」と遺跡の街「ボロブドゥ−ル」
3.もう1つの遺跡の街「プランパナン」








3.もう1つの遺跡の街「プランパナン」

今滞在しているジャワ島という場所はイスラム圏なのだろうか、ビール等のアルコール類がまったく見当たらない。ホテルの冷蔵庫の中に少しあっただけで、街中ではほとんど入手不可能だ。一度食事の最中に頼んでみたことがあるのだが、「えっ、ビール!?」等と、逆に聞かれてしまった。無くても我慢はできるものなのだが、旅の楽しみが1つ減ってしまう事には間違いない。イスラム圏では暮らせないなあ、と思う。


今日はジャワ島のもう1つの遺跡「プランパナン寺院」へ向かう事にする。ボロブドゥールからバスでジョグジャカルタへ一度戻り、プランパナンへ。
インドネシアのバスは乗っていても面白く退屈しない。
まず、走り出すと同時にカバンをもった人が前で何かを喋り始め、全員にお菓子を配る。何だろうと思っていると、しばらくして再び回収する。もし気に入ればその場で商品の代わりにお金を渡すという仕組みだ。実際に商品を手にとってじっくり見ることができる。ジュース、ガム、ヒゲソリなど次々と配られ退屈しない。

そして最後にはギターを持った兄ちゃんだ。いきなり大声で話し始めたかと思うと、おもむろに歌い始める、ギター一本で。頭に響く歌声でプランパナンに着く30分近く歌い続けていた。最後にお金を入れる小さな袋をまわし終わる。退屈しなバス旅だった。(バス代3,000Rp)
   


プランパナン寺院
プランパナン寺院

到着と同時に目に入る大きな塔。プランパナン寺院である。おおっ。少し離れた場所でホテルを取る(AC,ホットシャワー付110,000Rp)。取り敢えず今日は疲れたので夕食をとり部屋で休憩することにした。ビールはやはりない。。

「美しい」という言葉しかない。翌日、朝食後の午前9時プランパナン寺院へ。堂々とそびえたつその寺院群はとても壮麗だ。予想していたよりも大きく威圧感もある。単純に美しさだけで比べたららボロブドゥールより上かもしれない。

細部では復興の工事の跡が目立ちやや興ざめの感もあるが、それでもこれだけの寺院を目の前に見ることができて大変幸せに思う。とても暑かったが。。

日が暮れてから雨が降ってきた。19時より始まるラーマナヤの公演チケットを買っていたが、めんどくさくて部屋でゴロゴロとして過ごした。


いよいよ日本への帰国の時が近づいている。
最後に近くにあるジャワ原人の博物館でも見て帰ろうかと思っている。ダラダラと部屋で過ごし午前11時にチェックアウト。少し高めの宿だったが、インドネシアルピアも余っていたのでまあいいだろう。

フロントでタクシーを呼んでもらい、ザンギランにある博物館だと伝えると「ザンギラン!?」と驚かれてしまった。そんなに遠いのか?プランパナンからはソロという街を通って行くのだが、タクシーの運ちゃんはなぜかとても気合が入っていた。
その理由に途中で気付いた。

予定ではソロ近くのジャワ原人博物館へ行って、すぐそのまま「ソロ空港」からバリ島へ帰るつもりだったのだが、よく考えたら自分の戻るべき空港は「ジョグジャカルタ空港」だった。。ジャワ島に来てから珍しくタクシーなどの移動が多かったので、不覚にも土地感覚がまったくなかった。


まずい。この大距離の移動費もさることながら、16時40分のジョグジャカルタ発のフライトに間に合わなければならない。日本へ帰れないのだ!まずいぞ。もう12時近くになるのにまだソロにも着かない。タクシーの運ちゃんは「大丈夫だ。」などと言っているが、いまいちあてにはならない。さらにソロまで70kmはあるらしく、しかもこのおっちゃん、ソロに向かう時も時々回りの人に道を聞いている。。地元じゃないので地理が分からないようだ。

しかし、こちらの意を汲み取ってくれたのか、道中はものすごいスピードで飛ばしてくれた。12時20分ソロ着。ソロで再び2,3回ザンギラン(ジャワ原人の博物館)までの道を地元人に尋ね、13時ようやく博物館に到着。大金が入るの為か、おっちゃんもすごく興奮している。


雰囲気は動画でどうぞ。

タクシーの動画



ジャワ原人博物館
ジャワ原人博物館

博物館は結構な山奥にあった。閑散とした細いアスファルトの山道を民家を眺めつつ登って行き、やがてそれらしき場所にたどり着いた。予想通りというか何というか、観光客など全然いない。入口で来訪者名簿を見てみると、日本人の名前が結構多かった。というより日本人ばかりだった。歩き方の影響か?

10畳ほどの館内にはジャワ原人らしき人形やら動物の剥製、ガイコツなどが展示されている。興味のない人間にはかなり退屈な空間である。しばらくすると変なおっちゃんが出て来て、「ジャワ原人」と日本語で1つのガイコツを指差してた。
「おお!これがジャワ原人か!うーん、世界遺産!」

正直何を見てもまったく訳が分からなかったのでこの一言には救われた。時間があればさらに奥地にある発掘現場まで行きたかったのだが、そんな時間もない。すぐさま引き返す事に。ザンギランは静かでいい所そうだが、とんでもない田舎でありタクシーでないとたどり着くのは至難の業だ。
   


壊れかけのメーターが時速100km近くのところをピョンピョン跳ね、料金メーターもすでに2回転目に入っている。20万Rpは越えているはず。
15時過ぎ一体いつ着くのだろうかと思い始めた時、「Jaran Air Port」という看板が目に入ってきた。ジョグジャカルタ空港だ!間に合った。22万Rp。お金を払うとおっちゃんは両手を合わせて拝んでから受け取った。バリ−ジョグジャカルタ間の飛行機代が42万Rpを考えるととんでもない大出費だったけど、それはこちらのミス。おっちゃんよくやった。ありがとう。


ジョグジャカルタを出た飛行機はやがてバリ島の空港・デンパサール空港へ到着。また戻ってきた。始まりはここだったな。たった一週間だったが色んなことがあった。
今回も充実した旅だった。などと感傷にふけっていると、あることに事に気付いた。出国カードがなくなっていた。。悪名高きインドネシアのバリ島、空港、無力な日本人。そして出国カードの紛失。まず最初に頭に浮かんだのは、いくら払えば出国させてもらえるのか。。。

カード紛失を告げると、変な個室に連れて行かれた。まずい。。無口なおっちゃんと一対一になった時は「50ドル」など言う言葉を覚悟したが、意外にも何も言わず出国の印を押してくれた。嬉しかったが、拍子抜けだ。

朝のお供えを運ぶ少女
朝のお供えを運ぶ少女

落ち着いてみると、まわりが日本人だらけになっている事に気付いた。このSARS騒動の最中によくもまあ、これだけの日本人がいるものだと感心した。
それにしても皆サーファーなのだろうか、インドネシア人と間違うぐらいに真っ黒になっており、揃いも揃って金髪に短パン、サンダル。空港内も我が物顔で歩いている。何だか少しだけ恥ずかしくなってきた。バックパッカ−などまったくいない。汚い格好で列に並んでいるのは自分ひとりかもしれない。インドネシアはとても刺激のある国だが、バックパッカ−に避けられるのはこの辺りの理由もあるのだろうか。

日本への道のりは遠く退屈なものになるだろう。しかし、色んな意味で優しいインドネシア人を思い出すと、また訪れたくなると思う。


そしてもう1つ訪れる理由がある。
そう、ジャワカレーを食べ忘れていたのだ。。

※追記
インドネシアのジャワカレーだが、ハウス食品のサイトには「ジャワ島をイメージした商品」見たいな事が書かれていた。つまりジャワ島に行っても日本人がイメージするカレーはないようだ。現地のチキンカレーみたいなものはあるそうだが。。




【今旅の出費】
約175,000円
(インドネシア9日間/名古屋デンパサール間往復航空券・デンパサールジョグジャカルタ往復航空券【12万円】含む)






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