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2008年4月17日作成



              アップル 〜ちょっと甘いカンボジア旅日記〜


旅をしていると色々な事が起こる。
例えば嬉しくない事にはアクシデントや事故。逆に美味しい食べ物やいい出会い等は、旅の醍醐味を感じる瞬間だ。「旅先で恋をする」、という話も時々に聞く。それはネット上であったり、または旅先で出会った人であったり。
残念ながら自分の場合は「正統派貧乏バックパッカー」を自称しているので、深い恋に落ちてしまった経験はない。・・・が、ちょっとだけ甘い思い出なら、、、、ある、、、のかな?

今回は2001年の正月、カンボジアにアンコールワットを見に出掛けた際のお話である。


2001年1月1日。
誰もこんな新年初日から列車に乗る奴はいないだろう、とタカをくくっていたが、チェンマイにあるチケット売り場に行って驚いた。バンコク行きの寝台がすべて満席であった。
「正月ぐらい家に居ろよ」
と思いつつ、仕方なしに座椅子のチケットを購入する。今夜は列車の中で座って夜を過ごさなければならないと腹をくくった。
薄暗いオレンジ色の光。生暖かい風が吹き抜ける深夜の列車。ここでもほぼ満席で、ほとんど眠れないまま夜を過ごし、列車は早朝バンコクに到着した。

こんな朝早いのにもかかわらず、バンコク・フォワランポン駅は多くの人でごった返していた。
とりあえずカンボジア、アンコールワットがあるシェムリアップという街に行く為に、国境へ向かう手段を探す事にした。タイ側はアランヤプラテートという街がカンボジアと国境を接しており、まずはそこに行かなければならない。
残念ながら今回はガイドブック類をほとんど持っていない。あるのはアンコールワットの歴史が書かれた本のコピー程度である。ある白人が、ジャングル探検の末に半分朽ち果てたこの巨大遺跡を発見した、という話ですごいとは思ったが、無論、タイからの交通手段など記載されているはずがない。

仕方ないので、まず駅内にある旅行代理店らしき店で聞いてみる事にした。
運が良かったのか悪かったのか、すぐにカンボジアのシェムリアップ行き車が見つかった。駅で乗車で1,000B(約3,000円)。他に探すのが面倒だったので、すぐさまこれに決めた。
後でカオサンなどに行けばもっと格安で行けると知ったのだが、そんな事は無論この時点では知る由もない。


駅周辺で軽く食事をしながら待つ事1時間、日本で言うワゴン車っぽい車が迎えに来た。
乗り込むと既に数人が座っていた。9人乗りだが、数人の白人にアジア系の旅行者が数人。とりあえず窓際の椅子に腰を下ろした。
この後車は幾つかのホテルをまわって人を乗せ、随分日差しが強くなった頃、国境へ向けて東へ走り出した。
車内には数人の白人が乗っている。周りの迷惑も気にせずずっと大きな声で仲間と話している。

アジア系の乗客もいた。
女の子である。一人掛けの椅子に深く腰を掛け、大きなサングラスをしている。身長は高いのか、手足は細くすらっと長い。肌の色は我々日本人とほとんど変わらず、髪は真っ黒で首辺りまでのショートカットだ。それよりも服装がちょっと目立つ。パンツは膝ぐらいまでの綿パンだが、上半身は胸元が強調された薄手のTシャツ。時々目線が行ってしまうのだが、彼女は分厚い英語の本を読んでいるだけでほとんど気にしていない様子だった。正直どこの国の子なのか分からない。シンガポールか、香港か。
ちょっと考えてみたが、窓から入ってくる強烈な日差しが、そんな思考能力を少しずつ奪っていった。

タイ側の国境の街アランヤプラテートへは昼過ぎに着いた。
ここからが大変だった。
先程まで乗っていた車はタイの車なので、カンボジア領には入れない。ここでカンボジアの車に乗り換えなければならないのだが、何の説明もなしに車はとっとと去って行ってしまったので自分で探さなければならなかった。
幸いカンボジアのビザは先にバンコクで取得していたので取る手間は省けたが、とにかく多く旅行者と現地の人で溢れている。国境という事で人や物の行き来が激しいし、それを見込んだ食堂や雑貨店、お土産を売る店等が所狭しと並んでいる。そして埃っぽい。暑い日差しの中、多くの物や人で賑わっている場所である。

結局、タイの出国手続き、カンボジアの入国手続きを終え、必死になって探した車に乗れたのは14時過ぎだった。
しかし、まあ贅沢を言ってはいけないのだが、先程はちゃんとした車でエアコンなども付いていたが、これからカンボジアを走る車ってのは、ピックアップ車。しかも荷台に乗車とはどういう事なのだろうか。まあ、車が見つかっただけも感謝しなきゃならんのだが。。

荷台には自分を含め、7,8人の旅行者が乗り込んだ。
数人の白人に、日本人の女の子2人、それに自分。そして偶然にも先程車で一緒だったアジア系の女の子も一緒だった。

車が走り出す。
1月とはいえ昼間の日差しは強烈で、乾燥しているので巻き上げる埃も物凄い。狭い荷台に沢山のバックパックと人が座る。そして、道路はまるで地雷でも受けたかのように所々1mはあるような大きな穴が開いており、そこを無理やり車が走るので上下に左右にとにかく揺れが激しかった。どこかに掴まっていないと放り出されてしまう程である。

でも、そんな激しい道路とは逆に荷台では楽しい時間が流れていた。
日本人の女の子2人とはすぐに仲良くなったし、陽気な白人のお陰で意味不明だが面白いゲームやら合唱大会やらとにかく退屈はしなかった。
そしてアジア系の女の子。
驚くべき事にタイ人だった。詳しい事は聞かなかったが、中華系の血でも混じっているのだろうか、その容姿まるで日本人と区別がつかなかった。

ポルポト派はさすがに影を潜めたが、それでも夜のカンボジア移動は避けた方がいい、と聞いていた。昼過ぎに出た我々の車は、道路の悪状況の為のんびりと進んでいる。
既に日は傾き、間もなく夜になろうとしていた。大穴こそ減ったが、激しい揺れと埃は容赦なく荷台の人間を襲う。先程まで騒いでいた皆も、さすがに疲れたのか静かになっていた。
日本人の女の子2人は、結婚前にこの旅行に来ているとの事だった。
まあ、女の子、と言っても自分よりは年上であるのだが。

しばらくして完全に日が落ち、真っ暗闇となった。
所々に集落らしき明かりが見えるが、空に輝く星以外は我々の心を暖かくしてくれる物は何もなかった。逆に熱帯カンボジアとはいえ、1月しかも日が落ち、これだけ風にさらられているのでだんだん寒気も感じるようになってきた。いつ着くか分からない街。次第に疲れと焦り、そして少しずつ苛立ちの空気も流れ始める。

タイ人の女の子の名前は「アップル」と言った。もちろんニックネームで、リンゴの意味である。タイでは女の子に良く付けられるニックネームのひとつだ。
彼女は雰囲気こそ大人のような感じがするが、なにせ顔が童顔なので年上か年下かがよく分からない。それでもまだまだ下手だった自分のタイ語をしっかりと聞いてくれた。
話しているうちに、彼女がずっと薄手のTシャツのままだと言う事に気がついた。他の旅行者は皆長袖やウィンドブレーカー等を取り出して着込んでいる。自分も上着を既に着ていたが、彼女はこれまた薄手のショールみたいな物を体に巻きつけているだけだった。
「これ着る?」
長袖は2着持っていたので、ひとつをアップルに差し出した。
「大丈夫。ありがと」
彼女は笑顔で断った。

更に時間が流れた。
時計を見ると既に21時を過ぎている。5〜6時間で到着と聞いていたがそんな気配はまったくない。夜が更けるにつれ更に気温が下がってゆく。それにしても、ここまで来てもアップルは半袖でいた。見るからに寒そうである。
「これを着なさい」
少し強めの語気でアップルに長袖を差し出した。彼女は少し驚いた風にも見えたが、すぐに「ありがとう」と言って長袖に手を通した。
年上かな、と思っていたが素直に服を着る彼女がとても可愛らしく見えた。


結局、アンコールワットがあるシェムリアップの街には深夜11時に到着した。
もうクタクタで眠くて仕方なかったが、あるゲストハウスに無理やり降ろされ、ほぼ強制的に宿泊しろとの事だったので、自分と日本人の女の子2人、そしてアップルは歩いて別のホテルを探す事にした。
真っ暗で初めての街。あまり遠出は危険だったので、近くにある中級ホテルに泊まる事になった。少し予算オーバーだったが、酷く体が疲れていたので、少しぐらいはいい所で眠りたかったから了解した。
48ドル(1人12ドル)。
トリプルの部屋に無理やりエキストラベット(もちろん自分用)を押し込み、宿泊。鏡で自分を見ると、髪の毛が埃で金髪になっていた。髪を洗うとまっ茶色。ものすごい埃だったと改めて気付く。
それにしても女の子3人に、男1人。何ともおいしい状況だったのだが、エキストラベットがやけに寝心地が良く、昨晩も列車の中でほとんど寝ていなかったので、知らぬ間に爆睡していた。


翌朝、自分とアップルは宿を変える事にした。
日本人の女の子2人はここが気に入ったらしくそのまま宿泊を続けるようだった。でも貧乏パッカーである自分には1泊12ドルの出費は大きい。アップルも賛成のようだった。
宿をチェックアウトして、まず今日のアンコールワット観光のバイクを手配する事にした。手配と言っても道端にたむろっているバイクの運ちゃんに「1日幾ら」と言って交渉するだけであるが。

でもここでアップルを見てすごく驚いてしまった。
その英語力である。ものすごく流暢なのである。目をつぶって聞いていると、まるで白人が話しているのと勘違いするほど。そしてそのリアクション。体全体を使って表現し、交渉している。
さすがのカンボジア人もあまりの流暢な英語にひるんだと見え、1日5ドルで交渉が終わった。もちろん自分の分も交渉してくれた。
交渉後、恐る恐るアップルに聞いてみると、何と彼女は現在ロサンゼルスで仕事をしているとの事だった。通りで。。それにしても長くいるのだろうか、相当なレベルである。

ゲストハウスは近くの古い民家を改造したような場所に決まった。
これもアップルが色々周りのカンボジア人に聞いて、宿代も彼女が交渉して決まったものである。少し大きめの部屋に4,5つベッドが並んでいる部屋。いわゆるドミトリー(相部屋)で、1人3ドル。無論トイレ・シャワーは共同で、お湯などない水シャワーである。
アップルが、
「ここでいい?」
と聞くので、問題なしと笑顔で答えた。意外だったのが、ロサンゼルスで仕事をしている彼女が、このような場所を選んだ事。やっぱり節約したかったのかな。
それにしても昨晩上着を貸した辺りまでは完全にこちらがリードしていたのに、現在はすっかりアップルのペース、今は後を付いて歩いている金魚のフンのようになってしまった。
まあ、楽だからいいのだが。。

ちなみに観光もアップルと一緒に行くと思っていたのだが、
「それじゃあ、また後でね」
と言って、先にバイクタクシーにまたがって行ってしまった。どうやら観光はそれぞれ行くらしい。自分のペースを崩されたくないのだろうか。何だか不思議な子だ。


1人になった。と言っても元々一人旅。ここからは自分のペースでの観光だ。
アンコールワットはさすがに素晴らしい遺跡だった。
期待していて期待に応える観光地って、それ程はないだろう。意外と小振りだったかな、とは思ったが、繊細な装飾や見事なバランス感覚、アンコールトムの観音様など、どれも満足行くものだった。
またバイクタクシーが案内する場所と言うのは誰でもほとんど同じなのか、時々アップルに会った。
アップルは会う度に、
「楽しんでる?」
と聞き、よく一緒に写真を撮った。必ず腕を組んで。そしてすうっと笑顔で去ってゆく。
やはり不思議な子だ。

夕飯は昨日の日本人の女の子2人とアップル、そして自分の4人で食べる事にした。
食べたのはタイ料理。女の子連中が希望した為だが、何でカンボジアまで来てタイ料理、、とちょっと思っていた。でも、オーナーであるタイ人とアップルが、同じタイ人同士頑張りましょうなんて話しているのを聞くと、ここに来たのもまんざらではないかなとも思えてきた。

アンコールワット観光は順調に進んだ。
3日券を買っていたので3日間毎日行ったのだが、遺跡の数はそれ以上あるらしく毎日違う遺跡を見学する事ができた。
でも、暑さの為か昼は大方街に戻ってくる。夕方からまた見学、っていうパターンが結構ある
宿泊している部屋はアップルと同じ部屋で、ドミトリーなのでいつ誰が来てもおかしくないのだが、不思議な事に宿泊中は誰も他の旅行者が来ることはなかった。つまりドミトリーだが、アップルと貸切なのである。
誰もいない昼の部屋に戻ってくる。
ふとアップルのベッドを見ると、ハンガーと他の衣類を使って下着を隠すように干してある。でも、お世辞にも上手とは言えない隠し方で、ほとんど丸見えだった。
アップルらしいな、と思いつつ、どうしても目が行ってしまうのはやはり仕方のない事だろう。


順調だったシェムリアップ滞在も、いよいよ最後の夜となった。
アップルはこの後首都プノンペン、そしてベトナムへと抜けるらしい。自分はタイに逆戻りである。日本人の女の子達は、既にプノンペンへ向かってこの街を出ていた。あまり美味しくないカンボジアの屋台でアップルと食事を終え、宿に戻ってきた。

最後の夜だったので、部屋に戻ってからもお互いのベッドに座って色々な事を話した。
自分のつたないタイ語をしっかり聞いてくれ、そしてゆっくりタイ語を話してくれた。いい雰囲気だったと思う。この場を他の人が見れば、友達以上の関係だと思うだろう。

話はアンコールワットの話題に移った。
自分があまりにも何も資料を持たずに観光をしていたので、アップルが色々と説明してくれたのだ。と、言ってもタイ語でアンコールワットの説明されても、ほとんど分からなかった。これは仕方がない。
そんな自分の雰囲気に気付いたのか、アップルは自分のベッドを降り、本を持ってこちらまでやって来た。自分のベッドの側の床にぺたんと座ると、ベッドに座っている自分を上目遣いで見ながら本を広げてアンコールの説明を始めた。
今日もと言うか、やはりと言うか、アップルはまた胸元の大きく開いたTシャツと、白く長い足が出たパンツを穿いていた。位置的にどうしても自分が上になってしまうので、アップルの胸元が嫌でもよく目に入る。

もしかしたら、自分の何かが切れたり、お酒でも入っていたら、アップルのと間で何かが起こっていたかも知れない。
でも、自分はやはり、

「正統派貧乏バックパッカー」

この事態も、
「アップルはやっぱり変わった子だなあ」
程度にしか思っていなかった。それに何より蚊が入るのを嫌って、アップルとの間に蚊帳の網を張ったままで会話をしていた。

おめでたい奴、幸せな奴、情けない奴。
アップルが何を考えていたのかは、今も分からない。
一生懸命アンコールの説明をしてくれるアップルを思い出すと、やはりこれで良かったのかもしれない。
でも、ちょっと妙な空気が流れていた事だけは、間違いないと思う。


翌朝、アップルは自分より早い車でプノンペンへと向かっていった。
アップルを見送り、自分も帰り支度を始める。
色々な意味で楽しかったアンコール観光もこれで終わりだ。
でも、やはり自分は情けないかな、ともほんの少し思った。
何故って、折角アップルがくれた連絡先をすぐに無くしてしまったのだ。何なんだろうね、この男は。

それにしても、アップルは元気かな。
アップルと一緒に撮った写真はすべてフィルム写真。彼女との思い出はデジタルじゃなくてアナログがよく似合う。
何を話していいか分からないけど、やっぱりもう一度会って見たいな、と思う。


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