第五章:「古き都コトーと国境越え」 気付くと、バスはまだ朝霧の立つ薄暗い幹線道路を走っていた。時計の針は5時半を指している。予定では午前7時に到着なので、まもなくのはずだ。しばらくぼんやりと外の風景を眺めていると、車内に音楽が流れ始めた。それに合わせて周りの人も起きだす。隣の日本人の彼女はまだ寝ているようだ。 7時半を過ぎると、周りの風景も随分と街中のものへと変わってきた。さすがに首都ボッタレーほど大きな建物はないが、それでもたくさんの民家や商店が軒を連ねる。地元の女学生だろうか、お揃いの制服を着てバイクに乗っている女の子も目に付く。 「ふあぁ、、おはようございます」 「おはよう」 隣の彼女が起きたようだ。こういうタイプなのだろうか、かなり不機嫌そうな顔をしている。男は間もなく到着する事を告げると、彼女は気だるそうに荷物の整理を始めた。 バスは予定より1時間遅れの午前8時に、コトーのバスターミナルに到着した。バスターミナル自体は鉄筋の新しい建物で、そこからはとても古都のイメージはない。外を眺めると多くのバイクとたくさんの人で溢れている。バスがターミナルに到着すると、我先にと皆がバスを降り始めた。幸い男は荷物をすべて車内に持ち込んでおり盗難の心配もなかったので、ゆっくり降りる事にした。 「タクシー?」 「タクスィー?」 「ヘイ、ミスター!どこ行くの?」 バスを降りた男と女学生に、待っていたと言わんばかりに多くのタクシードライバーが群がった。大きな街のバスターミナルでは市内から離れた場所にあることも多いが、コトーの場合は少し距離はあるが市内まで歩いて行ける距離にあった。そしてパッカーが集まる「旧通り」もその近くにある。 「俺はタクシー嫌いだから、旧通りまで歩いて行くつもりだけど・・」 しつこいタクシードライバーを振り切ってから、男は女学生に話しかけた。 「はい、私はどこでも大丈夫ですよ」 この時男は初めて同じ宿に泊まるのだと知った。 35分。予想より随分と時間が掛かってゲストハウス等が集まる「旧通り」に到着した。コトーの街自体それほど広くはないので迷う事はあまりない。街と平行に流れているコト川に沿って歩けば、すぐにおおよその地理が掴める。 「のどかなもんだ」 道には大きな並木が幾つも続き、車もバイクもまばらに走っている程度である。どちらかと言うと歩いている人の方が多い。コト川の対岸にはコトーを代表する観光地「コトー古城跡」があり、古き都の雰囲気を見事に演出している。この雰囲気を壊さないようにしているのか、川沿いの道には大きなホテルなどはなく、小さなレストランが所々に見られる程度だった。 男は途中コトー名物である「コトコーヒー」を楽しんだ。 「かわいいですね!私ここでいいですよ」 3つ目のゲストハウスを見たとこで、女学生がそう言った。薄い黄色を基調とした比較的当たらしゲストハウスである。旧通りの中心にあり食事など何かと便利だったが、少し予算オーバーだ。 「ドミトリーでいいですよね?私は全然平気ですよ」 すでに男に選択権はあまりないようだったが、「旅は道連れ」たまにはそれもいいなと思った。 「じゃあ、まずはコトー城観光に行きませんか?」 「えっ?今すぐに行くのかい」 3人部屋のドミトリーに入り、荷物を置いてすぐに女学生が言った。部屋はテレビやシャワーも付いており、ドミトリーとしてはなかなか立派なものである。何より真っ白いシーツがいい。 「だって、時間がもったいないですから」 「じゃあ、シャワーだけ浴びさせてくれないかな。昨日から風呂入ってないからね」 「そうですね、じゃあ私も浴びようかな」 正直、一寝入りしてから出掛けたかったが仕方なかった。男は簡単にシャワーを浴びるとすぐに、下のロビーで待っている事を告げて部屋を出た。男はロビーの椅子に深く腰掛けて、意味の分からないテレビを眺めながら待つ事にした。 1時間ほどたった11時過ぎ、ようやく女学生が降りてきた。 「ごめんなさい、化粧してたら時間掛かっちゃった!」 途中少し寝てしまったが、我ながらよく耐えたなと思った。 コトー城は13世紀に建てられたコトー王国時代の城である。その後の戦火により当時のまま現存してるのは城の基盤だけで、建物自体は後に建てられたものである。それでも既に数百年の歴史を誇り、十分見応えのあるものだった。 コトー城に着くまで、そして到着してからも女学生は1人で喋り続けていた。さすが文学部なのだろうか、コトーについての小説を読んだことがあるそうで、その知識は男のものより上であった。 それにしてもよく喋る娘だ、そう思いながら何とか話の合間をついて男が言った。 「ちょっといいかな。あの看板を見てくれないか」 「え?はい」 男の指差した先に青い看板があった。 「セーフティーについて ・・・ですか??」 「そう」
「変な看板ですね・・・」 「まあ、あまり気にしないでくれ。それよりお腹空かないかい」 「そうですね、お昼も随分すぎているみたいだし。何か食べましょう」 男と女学生は近くの屋台で軽く食事を済ますと、再び宿に戻った。女学生はそのまま買い物に行くそうだが、男は夕飯まで部屋で休むことにした。「18時に下のロビーで待っています」と言うと女学生は出掛けていった。 しばらくの間うとうとしていたが、ドアをノックする音で男は目覚めた。重い体でドアを開けると、気の弱そうな男の従業員が立っていた。 「電報です」 「電報?? ありがとう」 気の弱そうな男は無言のまま立ち去った。俺に電報・・・、こんな事ができるのは奴しかいない。そう思いながら紙をのぞいた。
男は紙をくしゃくしゃに丸めると、部屋の隅にあったゴミ箱に思い切り投げ捨てた。
「どうしたんですか。顔色が悪いようですけど・・・」 夕飯を一緒にとっていた女学生が覗き込むように尋ねた。時刻は19時過ぎ。男は買い物から帰ってきた女学生と近くにあるレストランに来ていた。全体が木造でできた、オープンエアーもある雰囲気の良い店である。薄暗い店内には、どこかで聞いた事のあるような西洋音楽が流れており、客も西洋人を中心にそこそこ賑わっていた。女学生はちょっと高めの外国産のビールを飲んでいる。 「いや、大丈夫だ・・ ありがとう」 男はそう答えたが、女学生はやはり心配そうな顔をしている。気を遣って男が尋ねた。 「明日はどうするんだい」 「あ、そうそう。忘れてた」 女学生の顔が明るくなった。 「スリランドってこの近くにあるですよね。確かバスで2時間ほどで行けるとか」 【スリランド】とは、タビタビ王国の北に位置する隣国の事である。コトーからバスで2時間ほど先に行った所に国境の街がありそこから入国できる。ビザが不要な事から気軽に国境を体験できる場所として、ガイドブックに記載されているのを思い出した。 「スリランドに行くのかい」 「はい、今日ガイドブック見てて簡単に行けそうなので、できれば行ってみようかなあと思って、、どうですか一緒に?」 「スリランドか・・・、わかった一緒に行こう」 とりあえず断る理由もなかったので男は了承した。 翌日、男と女学生は8時にコトーを出るバスの乗り込んだ。 予定では10時過ぎに国境の町に着く。そしてそこからスリランドに入国し、車で30分程の所にある「カモネギー」という街まで行く。そこで買い物をして、本日中にタビタビ王国に戻ってくる予定だ。できれば暗くなるまでにはコトーへ戻ってきたい、男は田園風景が続く景色を見ながら簡単に計画を立てていた。 国境に近づくにつれ、だんだんと建物の数が多くなってきた。バスに乗ってからそろそろ2時間経つので、間もなく到着のはずだ。周りの乗客も荷物を棚から降ろしたり、食べかけていたお菓子をカバンにしまったりしている。 やがてバスは国境近くのターミナルに停車した。乗っていた乗客も降り始める。男と女学生も一緒に降りた。 「やっと着きましたね」 「ああ」 国境の街というだけあってさすがに物で溢れている。イミグレーションに通じる大通りがあるが、この道の両側にたくさんの商店や雑貨屋、そして屋台が並んでいた。道には人と車とバイク、そして果物や飲み物を売るリヤカーらしきものがたくさん目に付く。男はイミグレーションまで歩いて行く事にした。 「なんだかわくわくしますね」 「ああ、そうだね」 「スリランドって、何がおいしいんですかね」 「確か鍋料理が有名って聞いた事がある」 「鍋料理・・・・ですか?」 「ああ。それよりまずイミグレーションでリエントリービザを取らなければならない」 「リエントリービザ?」 「そう。ちなみに今回タビタビに入ってくるのにビザは何を取ったんだい?」 「観光ビザですけど」 「シングル・・・だよね、多分」 「分からないですけど、普通に大使館でくれました」 「ちょっとパスポート見せてくれるかい」 「はい」 男はタビタビ王国のビザのページを見ると、女学生に言った。 「シングルだね、俺と同じだ。リエントリービザを取りに行こう」 「リエントリービザって何ですか?」 「リエントリービザって言うのはね、、あ、そうだ、このガイドブックに詳しく説明が出てるよ」 男は女学生が手にしていたガイドブックのビザのページを開けて、リエントリービザの説明欄を指差した。
「なるほど。じゃあ、このままリエントリービザを取得せずに出ちゃうと、どうなるんですか?」 「出国はできるけど、ビザが切れてしまうので再びタビタビに戻ってくる事はできない」 「え、そうなんですか?」 「ああ、スリランド側のイミグレーションでビザを取得できれば別だが、国境は流動的だからね。だから最初にリエントリーを取っておくんだ」 「なるほど。分かりました」 男と女学生は国境にあるイミグレーションでリエントリービザの申請を行った。簡単な申請用紙に写真が一枚必要であった。女学生は写真を持っていなかったが、そのままパスポートと提出すると何の問題もなくリエントリービザが押されて返って来た。その足で男と女学生は国境に向かった。 「なんだか緊張しますね」 女学生は、大きなライフル銃を持った国境警備員を眺めながら言った。 「ああ、スタンプはちゃんと押されたかい?」 「はい」 「タビタビの出国スタンプ1つ、そして、これから向かうスリランドのイミグレーションで入国スタンプが1つ押されるんだ。」 「はい」 「帰りも同じ。スリランドの出国スタンプ1つと、タビタビの入国スタンプが1つ。最終的には計4つになるから覚えておいて」 「はい」 返事はしているが、どうやら国境の独特の雰囲気と、通り行く人々に目を奪われているようだ。入国スタンプを押してもらいスリランドに入国してみると、そこは少々の屋台と日用雑貨などを売る小さな商店が並んでいる程度の場所だった。やはりここは単なる通過点らしい。国境を越えてきた人達も皆すぐに国境の街「カモネギー」へ向かうバスへと歩いる。 男と女学生は国境のすぐ隣にある木造の建物で両替をした。かろうじて「EXCHENGE」と英語表記があったから良かったが、スリランドの文字はいまいち読み辛い。男と女学生はそれぞれ1000ボリーを差し出すと3000スリーが返って来た。 「綺麗なお札ですね」 女学生は両替したばかりのお札をピラピラさせている。 「ああ、じゃあバスに乗ろう」 男と女学生はカモネギー行きのバスに乗り込んだ。バスと言っても、ちょっと大き目な軽自動車の荷台に椅子をつけた程度のものである。同じような車が何台も並んでいるが、「カモネギー」と伝えるとこの車に乗るように言われた。バス代は150スリー。周りの人達も同額支払っているのでぼられてはいないようだ。 結局出発するまで30分近く待たされた。荷台に人が満席になるまで出発はしないようだったが、満席どころか乗車率200%ぐらいになっていた。白人バックパッカーや野菜を大量に買い込んだ地元のおばちゃん、中国の人民服のような服を着たタバコを吸っているじいさん等など。そして、ゆっくりと走ったこの車がカモネギーに着いた頃には、13時を過ぎていた。 カモネギーは意外と大きな街だったが、時間もなかったので男と女学生は市場やお土産屋程度しか行けなかった。昼食はカモネギー名物の鍋料理を食べた。鶏肉と野菜が入った鍋で、辛かったがビールにもよく合い結構おいしかった。また、男は興味なかったが、女学生は名物である「土鍋」をお土産に買っていた。「帰ってから鍋料理を作る」と言っていたが、知らない間にこの重い土鍋も男が持たされていた。 再びタビタビ王国のコトーに着いたのは、日もすっかり落ちた19時過ぎだった。帰りのバスで女学生は疲れたのか熟睡していたが、男は土鍋が気になって眠る事ができなかった。コトーで夕食を済ませた後、すぐに男は眠りに落ちた。 第六章:「アクシデント」へ バーチャル旅日記トップへ Homeにもどる |