第六章:「アクシデント」 「すんません、日本人の方っすか?」 男がコトーの国内線で首都ボッタレー行きのチェックインカウンターで待っていると、後ろから金髪の男が話しかけてきた。金髪と言ってもれっきとした日本人で、ただ染めているだけのようだった。服装も変わっていたが、その頭だけでかなり目立っている。 「ああ、そうですが・・・ 何か?」 「よかったすよ。日本人がいて。ボッタレーに行くんでしょ?一緒にどうっすか??」 男は少し戸惑った。こんな奴には会ったことがない。正直一緒に行きたくないと思ったが、どうも断り辛い。やはり自分は日本人だと改めて思った。 「まだボッタレーの宿とかまったく決めていないが、、、いいのかい?」 「いいっすよ。1人で退屈だったんっすよ」 よく見ると金髪の男はボストンバックを担いでいた。バックパックではない。変わった奴だ、男は思った。
国内線は1時間前までにこれば良かったが、ボッタレー行きの便が午後と言う事もあり、男は少し早めに空港へ来ていた。小さな空港だったが、比較的多くの人で賑わっていた。空港には独特の雰囲気があり、男は何故かそれが嫌いだった。それを避けるために、男はよく何も考えずに空港の椅子に座っている事があるが、残念ながら今日はそうはいかないようだ。 「んで、ですね・・・」 先の女学生ほどではないが、この金髪もよく喋った。話によると現在フリーターで、年齢は男より5つほど下だった。バイトをしてはふらっと海外に来るらしい。たまに長期の旅行にも行くそうだ。旅の話が好きなようで男に今まで訪れた国の話や、体験談などを嬉しそうに話す。しかしそのほとんどが自慢話だった。 「・・・で、そこが大変だったんすよ。何せバスで60時間以上続けて乗っている上に、雪が降るぐらい寒い。いや〜、死ぬかと思っちゃいましたよ〜。バスに60時間とか乗った事あります??」 「いや、ない」 まだ続く。 「そこで何食べさせられた思います??蛆虫みたいな幼虫ですよ!幼虫!生きてるんすよ、まだ。まったく困ったもんっすよね。世界70カ国以上旅してますけど、あんなもん食わされたの初めてっすよ。幼虫、食べた事あります??」 「いいや、ない」 こんな会話が飛行機の中、そしてボッタレーに着くまで続いた。 久しぶりにやって来たボッタレーは、相変わらず晴天で、強烈な日差しが照りつけていた。 男はエアポートタクシーの乗ろうとしたが、2人だとタクシーを使った方が安いとの事だったので金髪とシェアする事にした。宿はやはり旧市街地にとった。金髪のお勧めがあるとの事だったので、そこに行くことにした。ありふれた宿だったが、屋上に朝からコーヒーが飲めるスペースがあり、唯一そこが気に入った。 ボッタレーに来てから、さすがに男と金髪は一緒に行動することはなくなっていた。男が少し距離を置いた事もあるし、それに金髪が部屋にこもって大麻を吸っていたからだ。 「・・?あれ、やらないんすか?」 金髪の部屋を訪れた際、ふとそう尋ねられた事があるが、男は薬には興味がなかったのではっきりと断った。金髪の話では、コトーには質の高い大麻が安く手に入るらしく、その為にわざわざ買いに出かけていたそうだ。 「いや、興味ないんでいいよ」 「そっすか、楽しいっすよ」 「いや、ありがとう」 それ以来金髪とはほとんど会っていない。
そして、日本への帰国を翌々日に控えた朝、いつものように屋上でコーヒーを飲んでいた男に宿の従業員が慌ててやってきた。 「どうしたんだい?」 男が尋ねると、従業員は答えた。 「あんたと一緒に来た金髪の男の体調が悪いんだ。ちょっと来てくれないか?」 「分かった」 金髪はほとんど英語ができなかったので、従業員が助けを求めにきたのだろう。男はそう思った。金髪の部屋に入ると、空気が篭っているのが感じられた。男は気持ちが悪かったので、まず部屋の窓を開ける事にした。そして、ベッドで横になっている金髪の側に寄る。顔が青い。体調が悪いのは明らかだ。 「どうした?」 男が尋ねる。 「ああ、ちょっと腹痛くて・・・ 動けないんすよ・・・」 「下痢か」 「ええ、下痢っす。どうも熱もあるみたいっす」 金髪は苦しそうな顔をして答える。隣にいた従業員が男に尋ねる。 「彼は下痢か?」 「ああ、そうだ」 「薬は飲んだのか?医者に行くか?」 「聞いてみる」 男は再度苦しそうにしている金髪に話しかけた。 「何か薬は飲んだか?それとも医者に行くか?」 「そうっすね、この痛みちょっとやばいんで、医者に行きたいっす。日本語の通じる病院ってあるんすか?」 従業員に話すと、新市街に大きな病院があるらしい。タクシーを呼んでくる、そう言って従業員は部屋を出て行った。 「今、タクシーを呼びに行った。少し歩けるか?」 「ええ、大丈夫っす・・」 「それより、保険には入ってきたのか」 「ええ、入ってきました。これっす」 金髪は机の上にあった海外旅行保険書を男に渡した。 「よし、じゃあ行こう」 新市街にある病院までタクシーで20分ほどで着いた。車の中でも金髪は気持ち悪そうにしていた。病院はとても大きく、施設も立派なものだった。日本語の通訳もいて、何も男が付いて来る必要はないほどだった。 金髪の原因は「食あたり」だった。旅では良くある病気で、下痢の他に熱も発する。病院などで点滴を打って安静にすれば、比較的早く治る病気でもある。金髪も念のため1泊病院に泊まることになった。
「英語が下手で、うざったい男からの電話だろ?」 「そうだが、何故分かるんだ?」 「いや、なんとなくな。今、ロビーまで降りるよ。ありがとう」 ロビーに掛かってきた男宛の電話を伝えにきた従業員は、少し不思議そうな顔をして去って行った。 男はロビーに降りると、置いてあった赤色の安っぽい受話器を取った。 「もしもし」 「もしもし、俺だ」 「俺なんて奴は知らないと言ったが、覚えていないのか?」 「何だつれないな。機嫌が悪いのか」 「金髪の件、、、あれはお前がやったんだろ?」 「金髪??何のことだろうね。分からないよ」 「ちっ、しらを切るつもりか。まあいい。で、何のようだ。明後日には帰国だが」 「そうそう、忘れてた。HPの見てくれた人からメールが来て、是非ボッタレーの夜の街を歩いて欲しいんだって」 「夜の街?」 「そう、夜の街。もちろんただ歩くだけじゃないよ。分かってるよね」 「断る」 「だめ」 「何でそんなところに行かなきゃならんのだ。これは俺の旅のはずだ」 「これは君の旅であって、僕の旅であって、これを読んでいる人の旅。だからダメ」 「意味が分からんな」 「そのうち分かるよ。それとも今度は飛行機でも落とそうか」 「くっ・・・ 何て奴だ。」 「ふふっ、いい子だね。じゃあ、明日気をつけてね」 「おい!待て・・」 がしゃん 男は普段より多めにロビーで酒を買い込むと、そのまま自分の部屋まで一気に駆け上がった。 第七章:「帰国」へ バーチャル旅日記トップへ Homeにもどる |